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東京地方裁判所 平成2年(ワ)8108号 判決 1992年10月27日

主文

一  被告は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する平成二年七月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

一  被告は、原告に対し、東京都において発行する朝日新聞及び読売新聞の朝刊全国版下段広告欄並びに週刊文春本文欄に二段抜きで、別紙謝罪広告文案記載の謝罪広告を、見出し及び被告の氏名は四号活字をもつて、その他は五号活字をもつて一回掲載せよ。

二  被告は、原告に対し、金五〇〇万円及びこれに対する平成二年七月二四日(訴状送達日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、日本大学を昭和二六年に卒業以来同大学に勤務して、昭和五九年に同大学本部常務理事に就任し、平成二年六月当時も同職にあつた者であり、被告は、雑誌、図書の印刷、発行及び販売等を目的とし、週刊誌「週刊文春」を発行して、その多数部を全国都道府県に頒布している株式会社である。

2  平成二年六月当時、日本大学では、同月二一日に第八代総長選挙の第一回投票を控え、経済学部長井手生教授(以下「井手」という。)、理工学部長乙山春夫教授(以下「乙山」という。)、商学部長園田平三郎教授(以下「園田」という。)の三名が、総長候補者推薦委員会の推薦を経た候補者として、選挙活動を行つている状況にあつたところ、被告は、

(一) 平成二年六月一四日発売の週刊文春同月二一日号四九ないし五三頁に、「ヤクザが動き、カネが舞う 6・21 日大総長選の百鬼夜行」とのタイトル、「人よんで日大のヒトラー」等のサブタイトルを付し、

(1) 「甲野は、六年前の高梨体制発足と同時に、医学部事務局長から三段飛びで常務理事に大抜擢された人物。日大関係者のあいだでは、“ヒットラー”などと呼ばれている。『というのは、気に食わない人間は人事異動で本部から追い出し、主要ポストを腹心で固めた。追い出された人の中には、昨年十月の創立百周年記念式典の会場で、『甲野を殺す!』といつて、日本刀を実際に買い込んだ者がいるほどです。結果的には、天皇陛下が御臨席されるというので、実行には至りませんでしたが。それほど恨みを買つているんですよ、甲野という男は』(日大関係者)」との記事(以下「6・21号(1)の記事」という。)、

(2) 「『それで、三人の候補者の頭を撫で始めたんだな。最初に撫でられたのは、園田教授。『高梨総長の次は先生。応援しますよ』といわれたそうだね。…』」及び「『…井手先生がやはり同じように甲野から声をかけられた。…』もう一人の候補・乙山教授は大の甲野嫌いで通り、『総長になつたら、甲野常務理事とはきつぱり縁を切る』と宣言しているらしい…。」との記事(以下「6・21号(2)の記事」という。)

を含む記事)以下「6・21号記事」という。)を掲載し、

(二) 平成二年六月二一日発売の同誌同月二八日号二一二ないし二一五頁に「6・21日大総長選カギを握る陰のドン」とのタイトル、「日大総長選は三人の候補者で争われているが、実は背後でニラミを利かす人物がいる。三候補者とも、その人物の視線を絶えず意識せざるを得ないという。人よんで“日大のヒットラー”--陰の実力者として君臨、知る人ぞ知る存在ながら、その実像は殆ど知られていない。」との要約文、「日大ドリームを実現した男」、「創価学会と日大の『甲野』」、「甲野氏の去就が注目のマト」とのサブタイトルを付し、

(1) 「<高梨が金を持つて居た筈もなければ、公金利用の外なかつた事は大学職員であれば誰でも承知している筈だ。高梨推薦による理事に据つた現常任理事甲野は、積年に亘り医学部の事務局長の座にあつて、入学試験毎に三千万円、五千万円、一億円と云う大金を寄付して入学許可をした学生共も数知れず存在した。その金員は入学許可証と引換であり、受領証等はない。一介の職員が…産業経済人でも仲々達成できない財を築いたものだ>」等と記載された怪文書を引用した記事及び「『こんな怪文書が出るのも、甲野さんに対して、相当数の職員が怨念を抱いているからだろうな。…』(さる評議員)」との記事(以下「6・28号(1)の記事」という。)

(2) 「その後、高梨・甲野ラインが、柴田・斉藤ラインよりも圧倒的優位に立ち、“政治力”にたけた甲野常任理事が、人事・総務・財政を一手に握ることになる。『甲野さんは、それまでになかつた委員会をたくさんつくり、学内の業務を委員会で細分化して、結論だけを理事会に持つていく。しかし、あらゆる委員会に、甲野さん本人、ないしは息のかかつた職員を送り込んできた。そのことによつて、情報の管理をして、自分だけに情報が集まるようにした。これが甲野さんの支配のテクニックなんです。いわば理事会の空洞化、形骸化をしたわけですね』(某理事)」との記事(以下「6・28号(2)の記事」という。)、

(3) 「法学部の会計主任、会計課長を務めたが、『四十六年頃、その法学部から医学部へ追い出されてしまつた。なんでも、職員の弁当を、馴染みの店に自分がまとめて頼み、利ザヤを稼いだとか、いろいろ噂が出ましてね。当時の法学部長が、そういつた甲野を嫌つたんだと思います』(古参職員)」との記事(以下「6・28号(3)の記事」という。)、

(4) 「『事務局長になつてからの甲野さんは、自信がついたのか、医学部長と五分にわたり合つていたね。『俺は医学部長の命令でここに来ているんじやない。総長、理事長の命令で来ているんだ』とかいつて、入学試験の判定会議で、医学部長から『事務局長は席をはずしてくれ』といわれ、大喧嘩になつたそうだよ』(某評議員)」との記事(以下「6・28号(4)の記事」という。)、

(5) 「『日大のある職員が現ナマを持つて、甲野に入学を頼みに行つたら、結果は不発。その職員は、自分に頼んできたスジ者の怒りを買つて指を落す羽目になつた』(さる職員)」及び「『十年以上前だが、私は知り合いが、やはり甲野に頼んだが、結果は不合格。金は返してもらつていない。渡した金はあくまでも手付金ということだ』と語る。本人の証言ではないのでいちがいには信じられないが、甲野氏の周辺には、とにかく、この種の金にまつわる話がゴロゴロしているのだ。」との記事(以下「6・28号(5)の記事」という。)、

(6) 「また、金だけではなく、女性にまつわる話も出てくる。常務理事になつた翌六十年秋に、やはり怪文書で、<妾を三人囲つてきたが、最近トップ屋がうるさいので手切金を渡した格好をしている>と書かれている。“妾三人”は大袈裟でも、都内のマンションに女性を囲つていたことは、どうやら事実のようだ。」との記事(以下「6・28号(6)の記事」という。)、

(7) 「六十一年一月二十五日のこと。…ホテルニューオオタニで祝賀パーティーが開かれた。…その帰りみちのことだ。『女性職員三人と、他に男性職員二人が甲野さんに誘われ、まず、銀座で飲んで、そのあと、港区《番地略》にある、甲野さん宅の近くのスナックへ入つた。そこで、甲野氏が、中年の人妻職員にイタズラをしたというんだ』(日大関係者)この夜の出来事は、本部内で“オッパイモミモミ事件”と呼ばれ、今も語り草になつているそうだ。」との記事(以下「6・28号(7)の記事」という。)、

(8) 「甲野氏の財産形成については、多くの日大教職員が疑念を抱いているが、土地に関しては、近所の人達がこう証言する。『もともと、土地は、奥さんの父親の持ち物だつたんです』登記簿を見ると、昭和四十一年に、甲野氏が義父から買い上げる形で所有権が移転している。」との記事(以下「6・28号(8)の記事」という。)

を含む記事(以下「6・28号記事」という。)を掲載した。

二  争点

1  6・21号、6・28号各記事(以下併せて「本件各記事」という。)は原告の名誉を毀損するか(原告の社会的評価を低下させるような事実を摘示したものか)。

2  週刊文春編集部員ないし被告の名誉毀損行為について、違法性、故意過失が阻却されるか。

すなわち、被告の被用者である花田紀凱編集長(以下「花田編集長」という。)、立林昭彦編集次長(以下「立林デスク」という。)、吾妻博勝記者(以下「吾妻記者」という。)ら週刊文春編集部員が本件各記事をそれぞれ編集、作成し、被告が各記事を掲載した週刊文春を発行したことによつて原告の名誉を毀損したと認められる場合でも、(一)記事内容が公共の利害に関する事実に関わり、かつ、(二)記事掲載の目的が専ら公益を図るものである場合には、(三)その記事内容が真実であるとの証明があれば、週刊文春編集部員ないし被告の行為は違法性を欠き、また、(四)真実であることの証明がなくとも、それを真実であると信じたことについて相当の理由があるときは、故意、過失を欠き、いずれの場合にも不法行為は成立しないものと解するのが相当であるところ、右の各要件が認められるか。

3  原告の損害とその回復方法

第三  争点に対する判断

一  争点1(原告の名誉を毀損するか)について

1  週刊誌に掲載された記事が個人の名誉を毀損するか否かは、一般読者の普通の注意と読み方を基準として、当該記事が読者に与える印象によつて判断するのが相当である。

2  一般読者が普通の注意と読み方で6・21号記事を読んだとすると、同号(1)、(2)の記事によつて、原告は、「気に入らない職員を人事異動で日本大学本部から排除し、主要なポストを自己の腹心で固めるという恣意的な人事を行い、また、総長選挙後の自己の立場の維持、安定を図るため、園田候補、井手候補のいずれにも支援を持ちかけている」人物であるとの印象を受けるのが一般的である。

同様に6・28号記事からは、原告の人物像として、同号(1)、(5)の記事によつて「医学部事務局長に在職中、いわゆる裏口入学に関与して金員を受領し、不正に蓄財した」、同号(2)の記事によつて「原告は、日本大学本部の組織を改編し、自己に有利に人事を行い、自己に情報を集中させて、大学運営の実権を理事会から奪つた」、同号(3)の記事によつて「法学部会計課に在職中、弁当の注文を取りまとめて利ざやを稼いでいた」、同号(4)の記事によつて「医学部事務局長に在職中、過度の自己主張をし、同学部長に対し暴言を吐くなどして、同学部長と対立していた」、同号(6)、(7)の記事によつて「妾を囲つたり、酒の席で女性にわいせつ行為をしたりした」、同号(8)の記事によつて「不正ないし不当に義父から土地を奪つた」との印象を受けるのが一般的である。

そして、本件各記事を読んだ一般読者は、原告の日本大学常務理事としての適格性、廉潔性、人格等について否定的評価を下すものと認められるから、本件各記事は、それぞれ原告の社会的評価を低下させるような事実を摘示したものというべきである。

3  なお、本件各記事は、その大半において、日本大学関係者の証言、怪文書の記載等を引用する体裁が採られており、特に6・28号(1)の記事には「あくまでも“怪文書”のいうことだから、真偽のほどは定かではない。」、同号(5)の記事には「本人の証言ではないので、いちがいには信じられない」との断り書きが付されてはいるが、6・21号記事のサブタイトル、6・28号記事のタイトル、要約文及びサブタイトルには何ら留保が付されていないことからみて、一般読者の立場で素直に本件各記事を通読した場合、引用された証言、怪文書の存在ではなく、それらの内容をなす事実の存在を強く印象付けられるのが一般的であり、したがつて、本件各記事のいずれにおいても、証言、怪文書に出てくる事実を直接に摘示したのと同様の効果をもたらすものと解するのが相当である。

また、6・28号(8)の記事については、「甲野氏の財産形成については、多くの日大職員が疑念を抱いている」との指摘した上、「登記簿を見ると…甲野氏が義父から買い上げる形で所有権が移転している。」と表現しており、さらに6・28号(1)、(5)の記事で原告の不正蓄財を取り上げたり、同号(3)の記事で原告の地位を利用した利ざや稼ぎに言及したりしていることを考慮すれば、一般読者は、原告について「登記簿の形式的記載とは異なり、不正ないし不当に義父から土地を奪つた」人物との印象を受けるのが一般的と認められるから、原告の社会的評価を落とす内容を間接的に摘示したものと解するのが相当である。

二  争点2(一)(公共の利害に関するか)について

1  6・21号記事は、日本大学総長選挙を取り上げて、過去の選挙での金権選挙ぶり、今回の選挙の予想等を中心に構成したものであり、今回の選挙には、辣腕家である分、敵も多い原告の存在が強く影響するという文脈の中で、原告に対し悪感情を持つ者が多いことを説明する趣旨で、常務理事の地位、職務行為に関わる記事を掲載したものと解するのが相当である。

ところで、私立大学は、独自の教育方針のもと、わが国の教育制度において極めて重要な役割を果しており、特に、日本大学は、国から年間一〇〇億円以上の補助金を交付され、学生数約七万人、教職員数約七七〇〇人、卒業生約六五万人と規模において日本一の大学であり、平成二年度の年間予算額は二〇七〇億円にも上つており、わが国の教育全般に甚大な影響を与えている。したがつて、日本大学における教育及び研究並びに人的物的設備の維持、管理及び運営の中心となる総長の選挙に関する事項が公共の利害に関することは明らかである。

また、常務理事は対外的代表権を持たず、教育及び研究に直接携わるものでもないが、事務職組織規程上、代表権を有する理事長を補佐し、その業務の一部を分掌するものとされており、その職務行為又は職務に関連する行為は、日本大学内部にとどまらず、一般社会にも影響を及ぼすものというべきである。そして、現に、原告は、常務理事就任当初から総務及び人事を担当し、日本大学創立百周年記念事業実行委員長を務め、さらに、平成元年九月に柴田勝治理事長(以下「柴田」という。)が病気入院し、高梨公之総長(当時、以下「高梨」という。)が理事長代理代行者となつてからは、柴田理事長に代わつて財務を担当するとともに、理事会の議事進行役を務め、斉藤恒雄常務理事(当時、以下「斉藤」という。)と交代で理事長業務の実務を担当するなどして、事務職の要となる立場にあつたのであるから、原告の常務理事としての職務に関する事項も公共の利害に関するものと解するのが相当であり、したがつて、6・21号(1)、(2)の記事は、公共の利害に関する事実を掲載したものということができる。

2  6・28号記事は、今回の総長選挙では、高梨総長及び原告を攻撃する内容の怪文書が頒布されるなど、高梨総長及び原告を中心とした現体制に対する批判が重要な要素となつているという文脈の中で、原告に対する学内での批判ないし反発の具体例又はその根拠を示すものとして、同号(1)ないし(8)の記事を掲載している。

そして、総長選挙や常務理事の職務に関する同号(2)の記事が公共の利害に関するものであることは右1と同様であるが、裏口入学に関する同号(1)、(5)の記事も、日本大学のみならず我が国の教育制度の根幹に関わり、国民の批判にさらされる必要があるという意味で、公共の利害に関するものであることは明らかであるから、右の各記事は、公共の利害に関する事実に該当するものである。

これに対し、原告の従前の職務に関連する同号(3)、(4)の記事は、原告の常務理事としての適格性に関連性を有し、総長選挙にも影響を及ぼすといえなくはないが、常務理事の職務に直接関連するものではなく、より重要性が低い会計課主任、同課長、医学部事務局長に在職中の過去の事象に関わるものであり、また、職務行為の不法不正を問題とするものでもないから、その関連性や影響はさほど強いものとは認められず、社会一般に及ぼす影響も少ないというべきである。したがつて、仮にこれらの事実が真実であるとしても、それは学内における批判、自浄作用に委ねるべき事項であつて、読者を日本大学関係者に限定しない週刊文春に掲載する必要性は認められず、公共の利害に関する事実とは認められない。

さらに、原告のわいせつ行為(同号(6)の記事)、女性関係(同号(7)の記事)、財産形成(同号(8)の記事)は、いずれも私人の私生活上の行状に関する事項というべきであつて、総長選挙と関連付けられて掲載されたとしても、公共の利害に関するものとは認められない。すなわち、右の各記事は、学内で、原告(ひいては高梨総長)に対する批判ないし反発が生じた理由を説明するものと位置付けることができ、常務理事としての適格性判断に与える影響、総長選挙との関連性は必ずしも否定されないが、原告の言動は、それが日本大学常務理事の職務行為又は職務に関連する限りにおいて一般社会に影響を及ぼすというべきであつて、常務理事の地位、職務との関連性が認められない右各記事は、いずれも一般社会に影響を及ぼさない単なる私的な事柄と解するのが相当である。

3  したがつて、6・28号記事中の(3)、(4)及び(6)ないし(8)の記事については、その余の争点について判断するまでもなく、不法行為を成立するものと認められるが、6・21号記事中の(1)及び(2)の記事並びに6・28号記事中の(1)、(2)及び(5)の記事については、なお違法性、故意過失の阻却の有無を検討する必要がある。

三  争点2(二)(公共を図る目的か)について

1  週刊文春編集部員ないし被告は、大学として伝統があり、日本一の規模で、国庫から年間一〇〇億円以上の助成を受けていながら、過去に、学部長選挙及び総長選挙での多額の金員授受や怪文書流布、裏口入学ないし不正入学、殺人傷害事件、二〇億円の使途不明金等の問題がマスメディアによつて取り上げられてきた日本大学の体質、現在の日本大学の抱える問題点を総長選挙という局面を通じて一般読者に問いかけ、また、日本大学関係者や総長選挙有権者に考えてもらうという意図のもとに、6・21号記事では総長選挙の状況全般、候補者の人物評、学閥関係等を全体的に捉え、6・28号記事では今回の総長選挙に影響を与えると思われた原告を取り上げたもので、それぞれその全体について専ら公益を図る目的の記事と認めることができる。

2  原告は、被告が週刊文春誌上に本件各記事を掲載した理由として、乙山候補(平成二年六月二一日の第一回投票で過半数を獲得し、新総長に選出された。)の意を受けた理工学部教授の丙川夏夫(以下「丙川」という。)及び前法学部長の丁原秋夫(以下「丁原」という。)から、戊田冬夫(以下「戊田」という。)を通じて、乙山候補を総長選挙で有利にするため、園田候補及び原告を誹謗中傷する記事を掲載することを依頼されたためである旨主張立証するが、次に判断するとおり、前記認定を覆すに足りない。

(一) 6・21号記事においては、園田候補に関する記述が乙山、井手両候補に関するそれに比べて多いが、内容的にみて園田候補に不利なものばかりとは認められないし、古参教授のものとされる「乙山は、あつちにペコペコ、こつちにペコペコで、性格的にも優柔不断なところがあるねえ。」という乙山候補に不利な内容を含む証言も掲載している。また、一般読者の普通の注意と読み方で高梨総長及び原告に関する部分を読んだ場合に、専ら乙山候補について肯定的印象を、園田候補について否定的印象を受けるものとも認められない。

他方、6・28号記事は、原告に関する記述がそのほとんどを占めているが、これは、高梨総長及び原告を非難する怪文書の頒布という事実を前提にした記事である以上、無理からぬことであるし、原告に関する記述が、乙山候補について好印象を、園田候補について悪印象をもたらすとは必ずしも認め難い。また、三候補者に関する記述は、量、質ともに同等のものと認められる。

さらに、被告が、6・21号記事の宣伝のため、第一回投票(平成二年六月二一日)に先立ち、発売日(同月一四日)の数日前から主たる記事のタイトルを記載した広告ビラを書店及び電車内に貼り出した事実が認められるが、これは、今回の総長選挙を題材にした記事であることからみて当然のことである。また、6・28号記事は、同月二一日発売にもかかわらず、既に決選投票に触れているが、これは、乙山候補を支援する匿名教授による予想を掲載したものであるし、決選投票に持ち込まれる可能性を示唆したものにすぎない。

したがつて、本件各記事の内容や宣伝の仕方から、被告が乙山候補を有利にする目的で、園田候補及び原告を誹謗中傷する記事を掲載したと推認することは困難である。

(二) 戊田の日記とされる文書(甲第一九号証の一)中には、

<1> 「四月二十五日(水)午後三時、立山君同伴で週刊文春花田編集長と一時間半会談。連休明五月七日からチームを作り取材に入る。」

<2> 「五月八日(火)午後六時、乙山立候補宣言 立山氏取材で参加。」

<3> 「五月二十五日(金)午後一時文春二人来宅 四時まで会談 出発進行」

<4> 「六月十四日(木)此の日、週刊文春に大きく報道(第一回)」

<5> 「六月二十日(水)文春三冊届く。丙川の使者に渡す。甲野中心の記事。」

<6> 「六月二十一日(木)選挙。文春二回目発売。乙山有利。」

との被告に関する記載がある(右記載中、立山とはフリージャーナリストの立山学を指す。以下「立山」という。)が、右文書が、日記として日常生活の中で継続的に記入されたものと認めるべき的確な証拠はなく、その作成の経緯は明らかでないから、右記載内容を簡単に信用することはできない。

また、戊田の顛末書(甲第一九号証の二)は、第三者がカセットテープに収録された戊田の供述を反訳したものに、戊田が署名押印したものであり、右顛末書には、<1>戊田が平成二年四月二五日に立山を入院中の花田編集長のもとに差し向け、週刊文春で日本大学総長選挙を取り上げるについて了承を取りつけた事実、<2>その後、同月二七日に丁原、立山及び吾妻記者が新宿の料亭光琳坊で会談した事実、<3>同年五月八日に戊田が花田編集長と面会した事実、<4>同月二五日に立山及び吾妻記者が戊田宅を訪問した事実、<5>丁原、丙川及び日本大学評議員の甲田松夫(以下「甲田」という。)と週刊文春の記者とが頻繁に接触していた事実、<6>同年七月二日ころに週刊文春から甲田に対し多額の礼金が支払われた事実についてそれぞれ記載があるが、前掲甲第一九号証の一では、<1>の事実については戊田が立山を伴つて花田編集長と面会したように、<2>の事実については、戊田が丁原と打ち合わせたように記されているなど両者の間には重要な部分で不一致が見られるばかりか、甲第一九号証の一には<3>、<5>及び<6>の各事実について何ら記載がないこと、<5>及び<6>の各事実は戊田自身が直接体験したものではなく、丁原又は甲田からの伝聞として記載されており、また、客観的な裏付けもないこと、右顛末書は、「乙山候補が丙川、丁原、甲田と共謀して週刊文春に他候補を誹謗中傷する記事を掲載させた事実」を立証するという特定の目的で総長選挙後に作成されたものであること、当時の法学部長乙田竹夫の友人である日本大学関係者二、三名によつて収録、反訳されたという程度しか作成の過程が明らかになつていないこと、戊田本人に対する確認以外に客観的な裏付けをとつた形跡が認められないことを考慮すれば、その信用性は、甲第一九号証の一にすら劣るものである。(さらに、《証拠略》によれば、前記カセットテープ中にも、戊田と週刊文春編集部員との共謀を直接示すような部分は存在しなかつたというのである。)

そして、その後、戊田自身が週刊文春編集部員に対する記事掲載依頼の事実を否認していると窺えることを考慮すれば、甲第一九号証の一、二によつて、被告が乙山候補を有利にする目的で、園田候補及び原告を誹謗中傷する記事を掲載したと認めることはできない。

(三) 乙山候補が丙川、丁原、甲田と共謀して、週刊文春に他候補を誹謗中傷する記事を掲載させ、総長選挙、学校業務を妨害した旨の五学部長の東京地方検察庁に対する告発を受けて、事案を解明すべく構成された調査特別委員会の答申書では、「戊田冬夫と週刊文春との間に深いつながりがあつたことも推認できる。」、「戊田冬夫と丙川夏夫ら三氏との接触によつて問題の記事が作り出されたと断定することは今日の段階では困難ではあるが、これら戊田を含む四氏の協力ないし情報提供によつて対立候補及びその支持者を中傷・誹謗する記事となつたことの疑いは十分にある。」と結論付けており、戊田及び丁原が週刊文春の記者と接触していた事実を認定しているが、接触の具体的態様や内容については詳らかにしておらず、週刊文春編集部員ないし被告が乙山候補を有利にする目的で本件各記事を掲載したか否かについては触れるところがない。

また、「日本大学総長選挙に関する顛末」は、日本大学関係者が作成したものであるが、その具体的な作成過程は明らかでないし、前掲甲第一九号証の一、二を基礎にしていると窺えるほかは、その裏付けとなる証拠、資料の存否も不明であり、結局、甲第一九号証の一、二以上の証拠価値を有するものとは認められない。

(四) 平成二年一〇月二五日付「政界ジャーナル」誌上には、被告がH氏(氏名不詳)を通じて甲田から記事掲載の依頼を受けた旨の部分があり、平成三年一月二四日付同誌上には、乙山候補の支援者が被告に記事を掲載させた旨の部分があるが、同誌自体が記事内容、構成等からみていわゆるブラックジャーナリズムの類であることは明らかであるから、その内容を信用することはできない。

(五) そして、被告は、本件各記事に続き、乙山候補の当選が確定した後の平成二年六月二八日発売の週刊文春同年七月五日号にも、日本大学の抱える諸問題を指摘する記事を掲載しているが、これは、乙山候補を総長選挙で有利にするという目的にはなじまないというべきであり、結局、週刊文春編集部員が、乙山候補を総長選挙で有利にするという目的のもとに戊田らと共謀し又は戊田らの右目的を知つてこれに加担するために本件各記事を掲載したと認めることはできず、前記1の認定を覆すに足りない。

3  よつて、本件各記事は、それぞれ専ら公益を図る目的の記事と認めることができる。

四  争点2(三)(真実の証明)について

1  真実の証明は、報道の迅速性の要求と、客観的真実の把握の困難性から考えて、記事に掲載された事実のすべてについて、細大もらさずその真実であることまでの証明を要するものではなく、その主要な部分において、これが真実であることの証明がなされれば足りると解するのが相当であり、名誉毀損の成否が一般読者に与える印象を基準として判断されること(前記第三の一1)に照らし、主要な部分について真実の証明があつたか否かも一般読者に与える印象を基準として検討するのが相当である。

したがつて、本件においては、前記第三の一2のとおり、原告について、「気に入らない職員を人事異動で日本大学本部から排除し、主要なポストを自己の腹心で固めるという恣意的な人事を行い、また、総長選挙後の自己の立場の維持、安定を図るため、園田候補、井手候補のいずれにも支援を持ちかけている」という事実、「原告は、医学部事務局長に在職中、いわゆる裏口入学に関与して金員を受領し、不正に蓄財した」という事実、「政治力にたけた甲野常任理事が人事・総務・財政を一手に握ることになる(原告は、日本大学本部の組織を改編し、自己に有利に人事を行い、自己に情報を集中させて、大学運営の実権を理事会から奪つた)」という事実が、それぞれその大要において真実であると認められることを要する。

2  《証拠略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告は、昭和五九年及び昭和六二年に実施された各総長選挙において、総長候補者であつた高梨を全面的に支援し、その選挙対策事務所の維持費、会合費、怪文書対策費等の資金として五〇〇万円を出捐した。

(二) 昭和五九年の総長選挙後、医学部事務局長であつた原告は、高梨の推薦によつて理事に就任し、就任後最初の理事会で常務理事に選任され、同時に理工学部事務局長であつた斉藤も常務理事に就任したが、学部の事務局長が直ちに常務理事に昇進する例は少ない。

(三) 原告は、常務理事就任当初から総務及び人事を担当し、日本大学創立百周年記念事業実行委員長を務め、さらに、平成元年九月に柴田理事長が病気入院し、高梨総長が理事長代理代行者となつてからは、柴田理事長に代わつて財務を担当するとともに、理事会の議事進行役を務め、斉藤常務理事と交代で理事長業務の実務を担当するようになつた。

(四) 原告は、常務理事就任後、理事会の中心となつて本部組織を改編し、多くの委員会を作つた。

(五) 事務職員の人事異動は、人事部が立案し、常務理事会の決定を経て実施されるが、事務局長や部長等の要職の人事は、人事担当常務理事の原告が理事長に相談してその実質的決定を行い、また、人事部内における部長等幹部の人事は、原告ら執行部が相談して決定していた。

(六) 日本大学の事務職員の間では、日本大学本部の課長職から各学部の課長職への異動は事実上の降格処分と考えられているところ、右異動には直ちに該当しないものの、原告の常務理事在職中、大学本部の総務課長補佐が松戸歯学部の庶務課長に転出するという人事異動が行われた例があつた。

(七) 原告は、今回の総長選挙において、その候補者を推薦する総長候補者推薦委員会の委員であつた。

(八) 原告は、園田、井手、乙山の三人に対し、今回の総長選挙前のかなり早い時期に、仮に総長候補者推薦委員会から候補者として推薦されても高梨総長は辞退する意向である旨告げた。しかし、乙山候補はそれを信用せず、更に原告を通じて高梨総長に引退表明を迫つたにもかかわらず、高梨総長が引退を表明しなかつたことから、かえつて、高梨総長が立候補するのではないかとの疑念を持つた。他方、園田、井手両候補は、原告が高梨総長の意向を告げたのは、高梨総長の後継者と認められたものであるとそれぞれ理解した。

(九) 昭和四七、八年ころ、医学部及び歯学部で、原告の名前を使つた裏口入学事件があつた。

3  しかしながら、右1に判示した基準に照らせば、右の各事実の証明をもつて6・21号(1)、(2)の記事、6・28号(1)、(2)及び(5)の記事の主要な部分について真実の証明があつたといえないことは明らかである。

また、そのほかに認められる事実、すなわち、園田候補が総長選挙から辞退するよう住吉連合会系の暴力団員に脅されていた事実、過去の総長選挙で度々怪文書が流布された事実、今回の総長選挙で6・28号(1)の記事で引用された怪文書が日本大学本部、法学部、芸術学部及び経済学部で配布された事実は、一般読者に与える印象において前記各記事のそれとの間に同一性が認められず、いずれも真実の証明の判断にプラスとなる事実ではない。

4  以上のとおりであるから、結局、本件全証拠によるも、6・21号(1)、(2)、6・28号(1)、(2)及び(5)の各記事の内容がその主要部分において真実であると認めることはできない。

五  争点2(四)(相当の理由)について

1  証人吾妻博勝及びその作成にかかる陳述書(乙第三九号証、以下併せて「証人吾妻等」という。)によれば、週刊文春編集部員ないし被告が6・21号(1)、(2)、6・28号(1)、(2)及び(5)の記事の内容を真実であると信じた主要な根拠は、取材の過程で獲得した日本大学職員、特に管理職にある職員の証言、供述であるが、証人吾妻等は、情報源となつた職員について、日本大学の管理職とするだけで、記事中に明記された本部の丙田梅夫総務課長(総長選挙管理委員会事務長)、丁田三郎広報部長及び甲原五郎元教授並びに証人吾妻博勝の証言中に顕れた戊田及び丁原を除くほか、その氏名を明らかにしていない。

もつとも、証人吾妻等は、具体的な職員名を明らかにできない事情として、これら職員が学内での地位をおびやかされる危険、更には生命の危険を感じて強く匿名を希望しているためと説明しており、この点、園田候補が暴力団員に脅されたこと、頻繁に怪文書が流布されること(以上、前記第三の四2)、今回の総長選挙後の平成三年三月に五学部長が乙山新総長を威力業務妨害罪で東京地方検察庁に告発し、更に同年四月には一二学部長が乙山新総長に辞職を勧告したため、同年七月、告発に関わつた学部長等が解任される事態に至つていることなど通常では考えられないような日本大学内の混乱ぶりに照らせば、生命の危険の点はさておき、少なくとも学内での地位をおびやかされる危険の点から匿名を要求する合理性が認められるし、また、マスメディアが取材源を公表することが将来の取材活動の妨げになることも経験則上窺い知ることができる。したがつて、証人吾妻等が職員名を明らかにしないことをもつて、直ちにその信用性を否定することはできないし、週刊文春編集部員が相当の取材をしなかつたということもできない。

そして、証人吾妻等の信用性を否定すべき的確な証拠はないこと、証人吾妻博勝が取材方法に関する限りある程度具体的な事実を明らかにしていることから、証人吾妻等の相当な部分は信用できるものということができる。

2  そこで、証拠を総合すると、以下の事実を認めることができる。

(一) 平成二年四月下旬、被告発行の月刊誌「文藝春秋」及び週刊文春に記事を書いている立山が、日大問題に関する企画を週刊文春編集部に持ち込んできたので、右企画を同年五月一〇日に開かれたデスク会議(毎週木曜日午後に編集長が招集し、次長以上が参加する会議)で検討し、取材することになつた。翌一一日、立山、花田編集長、立林デスク及び吾妻記者は、編集部内で立山が持参した企画書をもとに最初の打合せを行い、企画書に挙げられた個々の項目は時機を逸しているなどテーマとして魅力がなかつたものの、日本大学が様々な問題を抱えていること、国庫から毎年一〇〇億円以上の助成金を受けていることから、立山の企画とは別に、改めて日大問題を取材して新たな題材を探すことになつた。

(二) 週刊文春編集部は、同年五月中旬、立林デスクをチーフとし、荒俣勝利記者、割崎正義記者、佐藤光宏記者、吾妻記者からなる取材チームを発足させた。取材チームは、大宅文庫や被告調査室の目録を調べ、日本大学に関する過去の雑誌等の記事を取り寄せるとともに、三十数名の日本大学教職員、卒業生、父兄等の関係者に接触して情報を収集し、ほどなく同年六月に第八代総長選挙が行われ、三人の候補者がいることを知り、同月三一日のデスク会議で、前記第三の三1のとおりの目的のもと、総長選挙に焦点をあてて記事を作成する方針を固め、同年六月七日のデスク会議で、右方針につき最終決定した。

(三) 取材チームは、取材によつて、園田候補が広域暴力団系の暴力団員に脅迫されたこと、医学部事務局長であつた原告が日本大学本部の部長職及び理事を経ずに直ちに常務理事に就任したこと、原告が常務理事に就任した後の人事異動の際、本部総務次長が医学部事務長に、本部総務部課長が松戸歯学部庶務課長に、本部財務次長が農獣医学部事務長に配置換えされたことがあるが、日本大学内では、本部から学部への異動は給与、通勤の便などの点から左遷と受け止められていること、人事異動で本部の要職から外れた者が平成元年一〇月の創立百周年記念式典の会場で「原告を殺す。」といつて日本刀を買い込んだこと、日本大学の総長選挙では投票間近になると怪文書が飛び交うのが通例であることなどの情報を把握し、過去に実際に流布された怪文書も入手したので、吾妻記者が右情報に基づき記事を書き、立林デスク、花田編集長が記事をチェックして、6・21号記事が作成された(同月一二日校了)。

(四) その後、吾妻記者は、日本大学の管理職の職員から、日本大学本部内に置かれていたという「正義の日本人」名義で作成された「日大教職員諸賢に訴える」と題する怪文書を入手したので、他の複数の日本大学職員に確認したところ、同じものを入手しており、右怪文書が日本大学の一部で流布されていると判断した。そこで、怪文書の内容の真偽について取材し、日大土浦高校の教職員がある者から裏口入学の依頼を受けて原告に金銭を渡したが、結局、入学することができなかつたこと、医学部のある管理職が原告に裏口入学のために金銭を渡したが、入学できなかつたということ、暴力団員から依頼を受けた職員が現金を持つて原告に入学を頼んだが、実現しなかつたので、その職員は暴力団員の怒りをかつて小指を落としたことなどの情報を収集した。

(五) 取材チームは、同年六月一六日午後九時ころ、斉藤常務理事に取材を申し込んだが、拒否された。また、園田、井手、乙山の三候補者にも、それぞれ取材を申し入れたが、取材拒否又は不在のため取材できなかつた。

(六) 吾妻記者は、同年六月一七日午後一〇時ころ、東京都港区《番地略》所在の原告宅を訪問して取材を申し込んだが、就寝中であるとして断られたので、翌一八日の午前一〇時半ころ、午前一一時四五分、午後一二時過ぎの三回にわたり日本大学秘書課を通じて取材を申し込んだが、会議中を理由に断られた。そこで、原告のスケジュールに合わせるので取材させてほしい旨申し入れ、広報部長から午後四時ころに電話連絡する旨の回答を得て、連絡を待つたところ、午後四時ころ、広報課長からスケジュールの調整ができない旨の電話があつた。吾妻記者が更に強く取材を申し込むと、広報課長は午後五時ころに連絡すると約束したが、その後連絡はなく、結局、吾妻記者は、原告から取材できないままに6・28号記事を作成し、立林デスク、花田編集長がそれをチェックをした(同月一九日校了)。

3  以上のとおりであつて、6・21号(1)、(2)、6・28号(2)の記事に関する限り、日本大学関係者に対する取材のほかにより適切な裏付け取材の余地があつたとは考え難いこと、右の各記事は総長選挙と関連づけて報じられたときに記事としての価値が高まるため、同年六月二一日の第一回投票に間に合わせるという時間的制約があつたこと、6・28号(2)の記事については原告に対しても再三にわたり取材を申し込んでいること、前記第三の四2(一)ないし(八)の各事実が客観的に認められることを併せ考えれば、週刊文春編集部員ないし被告が右各記事の主要な部分について真実であると信じたことには相当の理由があつたというべきである。

これに対し、6・28号(1)、(5)の記事は、事柄の性質上社会に及ぼす直接の影響が強く、総長選挙と別個、独立に報じてもなお十分な報道価値を有し、他方、これを報じた場合には原告の名誉を毀損する度合いも高いのであるから、6・28号記事中で取り上げる緊急性は乏しく、過去の週刊誌の記事を調査したり、原告に裏口入学を依頼した者と親しいという人物から取材したりするだけではなく、さらにその依頼者を突き止めて事実関係を確認する等の十分な裏付け取材を行う必要があつたというべきである。したがつて、6・28号記事中でこれを取り上げる場合には、せいぜい怪文書の存在又はその流布の事実を報道するにとどめるべきで、その内容に踏み込んで報道することは許されず、仮に週刊文春編集部員ないし被告が同号(1)、(5)の記事の内容を真実であると信じたとしても、軽率であつたといわざるを得ず、したがつて、真実と信じたことについて相当の理由があつたと認めることはできない。

4  よつて、6・21号(1)、(2)、6・28号(2)の記事については、週刊文春編集部員ないし被告が取材事実を真実であると信じたことは相当であつたのであるから、故意過失が認められず、不法行為は成立しないが、6・28号(1)、(5)の記事については不法行為が成立するものである。

六  争点3(損害等)について

1  以上のとおり、週刊文春編集部員が6・28号(1)及び(3)ないし(8)の記事を含む同号記事を編集、作成し、被告がこれを掲載した週刊文春六月二八日号を発行したことについて、不法行為が成立するところ、6・28号記事全体の構成と同号(1)及び(3)ないし(8)の具体的内容、週刊文春の発行部数が約七〇万部であること、花田編集長が6・21号記事を読んだ末永重喜広報部長から慎重な配慮を願いたい旨の平成二年六月一五日付書簡を受け取つていたこと、その他本件に顕れた一切の事情を考慮して、原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料額は一五〇万円と認めるのが相当である。

なお、原告は、慰謝料の請求に併せて謝罪広告の掲載を求めているが、前記諸事情のほか、原告が、本件各記事と関連なく、既に常務理事を退職している事実を総合すれば、原告の名誉を回復するための措置としては、右慰謝料の支払をもつて足り、なお加えて謝罪広告の掲載を命ずる必要はないというべきである。

2  したがつて、被告は、6・28号記事を編集、作成した週刊文春編集部員の使用者として、同時に右記事を掲載した週刊文春六月二八日号の発行者として、原告に対し一五〇万円及びこれに対する不法行為日以降であり、訴状送達日の翌日であることが当裁判所に顕著な平成二年七月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を負うが、その余の原告の請求は理由がないので棄却することとする。

(裁判長裁判官 沢田三知夫 裁判官 片野悟好 裁判官 菅家忠行)

《当事者》

原 告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 岡田正美 同 井口廣通

被 告 株式会社 文藝春秋社

右代表者代表取締役 田中健五

右訴訟代理人弁護士 古賀正義 同 喜田村洋一 同 林 陽子 同 吉川精一 同 中川 明 同 山川洋一郎 同 鈴木五十三

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